クアラルプール観光 – チャイナタウンに滞在して街歩きとか
訪問都市: クアラルンプール
観光: チャイナタウン、スルタン通り
台北経由でクアラルンプールへ – 台北の空港で10時間以上の乗り継ぎ待ち
年末年始を海外で過ごすことは今回の旅行が初めてだった。航空券の予約は結構早めに行っていて、待ち遠しいと思っていたが、 気が付けば出発の時をむかえていた。クアラルンプールへは台北経由で行くことになっていた。台北に到着するのは23時だが、そこからの乗り継ぎ便が出発するのは翌朝だ。 待ち時間が10時間以上あり、空港を出て出発のときを待ちたいのもやまやまだったが、時間帯が悪いので空港内で過ごすことにした。
構内は意外と寒く、空腹なうえ、寝過ごさないようにするため夜の時間は長く感じた。6時になると店が一斉に開き、そこからの時間は 早かった。飛行機を乗り継いでクアラルンプールに到着したのは14時過ぎだった。
深夜の空港
クアラルンプール街歩き – バックパッカーが多いスルタン通りへ
飛行機の搭乗口から出るともわっとした空気で 冬の東京との温度差で海外に来たことを実感する。市内まではバスで移動し、クアラルンプールセントラルという所まで1時間程で到着した。 今日はここに滞在して翌日に移動しようと考えていたので、まずは宿を探すために安宿が多く集まるチャイナタウンに向かった。 地図で見た感じはそれ程遠くなく、歩いていけると思ったので徒歩で移動した。ツインタワーとKLタワーが見え、目印になったので 迷わずに着くことができた。
チャイナタウンは多くの露天が並んでいて賑わっていた。メインストリートであるプタリン通りは 16時頃から露店が並ぶようなので、丁度良い時間帯だった。靴とかカバンとかを扱う店も多くあったが、なんか胡散臭く大体がコピー商品だろう。 バスを降りてから歩いた道は普通の都市って感じだが、マーケットを歩くとやっぱアジアだなと感じる。小腹が空いていたので屋台でサテを 食べることにした。店の前に値札が貼ってあるのは少々以外だった。マレーシアでは値段は売り手の気分で決めるものかと思っていた。
荷物を背負って歩くのは疲れるので一息ついたところで宿を探すことにした。いたるところにホテルがあったが、バックパッカー宿が並ぶ スルタン通りがあるようなのでそこで探すことにした。通りの端まで一旦歩き、その中でなんとなく「レッド・ドラゴン・バックパッカーズ・ホステル」 という宿に入った。値段を確認し、部屋を見せてもらったが、ベッドとテーブルがあるだけの質素な造りで、トイレ・シャワーは共同だった。 微妙だと思ったが、ロビーの共用スペースがゆったりしていたし、一泊しかしないので泊まることにした。
翌日にはパンコール島に行きたかったので今日中にチケットを手配しようと思っていた。鉄道かバスかも決めていなかったが、宿のオーナーに どこでチケットが買えるか確認したら、近くにプドゥラヤ・バスステーションがあるからそこに行けば良いと教えてくれた。 プドゥラヤまではすごく近く、歩いて3分位だった。中には100位のチケットブースがあり、食品店も多く並んでいた。ルムゥという町から パンコール島への船が出ているようなので、ブースを歩きながら「Lumut」という表記を探した。幾つか扱っている所があったが、 バス会社の違いなど分からないのでたまたま声を掛けられた所で購入した。
チケットを手に入れ一安心なので、日は暮れていたが少しだけインド人街を観光しようと思い歩いて探した。一駅しか離れていないので 直ぐに見つかるだろうと思っていたが、全然場所が分からず、終いには雨が降ってきたので諦めて戻ることにした。 帰り際にコンビニでビールを買ったのだが、他の物に比べ随分と高かった。イスラムの国だから飲む習慣がないお酒は輸入に頼って高くなって しまうのだろうか。
チャイナタウン
スルタン通り
ゲストハウスで晩酌
丁度同じホテルで顔を合わせた日本人も買いに来ていたので、その後はホテル内のオープンスペースで飲みながらマッタリ過ごした。一人は学生で1ヶ月位の旅で、もう一人は一旦会社を辞めて数ヶ月旅行しているみたいだ。旅先で会う長期旅行者の日本人は どちらかのパターンが多い。欧米人は仕事しながら長期で旅行する人が多いが、日本ではそうはいかない。今回は9日だが残念ながら日本ではこれでも十分に長いほうだ。学生の時に沢山旅行しておけば良かったと思うが、今更そんな事いってもしょうがないが、後者は可能なので考えてしまう。日本では経験できない多くのことがあるから何かを得るには何かが犠牲になるのは仕方ないのかなと思った。
マレーシア旅行記 Top
< 前の記事へ 次の記事へ >